衣谷の日記

フランス在住働くシングルマザー

ラインハルトとの16年間 ㉓耳の話

 フランスでは、と言っていいのかどうかわからないが(ほかの欧米諸国でもそうかもしれないので)、耳が立っている、あるいはとがっているのは、あまり評価されないらしい。頭の形に添って寝ている耳がよい耳で、頭から少し離れている耳は格好が悪いらしい。

 立った耳は、動物的な印象を与えるのかもしれない。こちらの人間でない想像上の生き物(妖精とかドラキュラとか悪魔とか)の耳も立っている。

 私は頭の丸みから離れている耳は、まさに妖精みたいだからかわいらしいと思うが。

 

 ブランディンの次女、イアナは、耳が立っていた。イアナは私のお気に入りの姪だった。元気いっぱいで短いおかっぱの髪を振り乱してよく遊ぶ。そのつやつや、ふわふわの髪の隙間から、耳がのぞいている。お姉さんのマエルは、傷つきやすく、ねたんだりひねくれたりすることも多かったが、イアナは男の子のようにさっぱりしている。

 私には、イアナの耳はいたずらっぽい妖精の耳であり、容姿の個性として好意的に見ていた。

 

 ところが、ペルチエ家では、立った耳というのは目の敵にされていた。

 実はクロードの耳が立っている。母フィロメナが支配するペルチエ家では、父クロードの持つものはすべて否定された。クロードの家族や親せきと同様に、クロードの耳も、受け入れがたい、卑しむべき欠点である。イアナは、マエルと同じくらいかわいらしかったけど、クロードに見た目が似ていることも、フィロメナのいる世界にいる間は、イアナにとっては不運なことだ。

 イアナが小学生になるころまでに、イアナの耳は当然手術をして治すべきものと考えられるようになっていった。

 それを最初に言い出したのは、フィロメナだった。次第に、ブランディンやラインハルトも同調し始めた。

 

 今調べてみると、フランス語サイトでは、立った耳を、なんと「アブノーマル」とか「奇形」と呼んでいるところがありびっくりした。ただし、その「奇形」は、フランス人の約5%に見られるというから、別にそれほどアブノーマルではない気がする。立った耳の人で、手術で耳を頭にくっつける人は、その5%のうちたった2%しかいない。整形手術としては多いほうなのかもしれないが、たった耳を直すのは、どちらかというと珍しい行為である。

 そのような珍しい行為をすることを、当然のごとく、「ああ、あの耳は(まるで世界中のどんな立った耳よりさらにひどく立っていて、恥ずかしいものであるかのように)治さなくっちゃね。」と、フィロメナは何年もの間言い続けたのだ。おそらくイアナが聞いているところでも言っていたに違いないし、ラインハルトとブランディンは、しばらくするとすぐにフィロメナの側についた。

 それは一種の保身である。「自分は、そんなひどい耳を擁護する側にいないよ、お母さん」、そしてさらに嫌なことに、それが「イアナのため」とされることである!「かわいそうに、イアナをあのままにしておくわけにはいかない。」というわけである。もちろん、あのままにしておくわけにいくのに。「かわいい素敵な耳、人口の5%しかもっていない、魅力的な耳」と心から言ってあげたっていいのだ。もちろんそうすべきなのだ。

 結構な金額がかかるうえに、保険は下りない。あごの骨が小さくて、あごなしに見えるとか、鼻が上を向いているとか、片目だけが二重だとか、そういう人たちが人口の何%いるか知らないが、おそらく同じくらいだろう。それは誰も奇形だとは言わないが、それだってかなり、ことによっては醜いものだ。結局は、本人がどうとらえるかではないか。

 

 イアナの場合、手術を受けたのは9歳くらいの時だった。たったの9歳で、判断したのは当然親であり、数年に渡って、本人の自己像に影響を与え続ける発言をしたのは、周りの大人たちである。最初は、本人が自分の耳を嫌っていたような記憶はない。しかし、最終的には、私以外の家族親戚全員が、イアナの耳を手術することを、イアナのために良いことだと言うようになった。私は時々、イアナ自身に、私が彼女の耳をかわいいと思っていることを伝えていたけれど、それでイアナが手術に反対しようとするということはなかった。私は、時々会う血のつながらない親戚の一人にすぎない。

 結局、あんなにいつも耳のことを言われては、イアナも気にしないわけにいかないと思う。ショートカットがかわいかったイアナも、8~9歳には髪を伸ばすようになり、結びもせず、いつも耳を隠すようになった。

 

 イアナの耳の手術は、子供をありのままに認めないフィロメナとそれを踏襲するその子供世代の象徴的な出来事だ。イアナが耳を手術した後、イアナは、フィロメナから素敵なピアスと、服やおもちゃのようなプレゼントをもらった。私が理解できないというと、ラインハルトは、イアナは手術に耐えたんだ、当然だろと言った。心がざわざわするような嫌な出来事だった。フィロメナの言うとおりにしたから、ご褒美をもらったのだ。それは支配の続きでしかない。

 今、私の子供たちも、そのようなプレゼントを、ラインハルトやフィロメナからもらい続けている。このことを、イアナや子供たちに理解させるのは、非常に難しいことである。