衣谷の日記

フランス在住働くシングルマザー

ラインハルトとの16年間 ㉖赤ちゃんの扱い

 私にはラインハルトが赤ちゃんの時、フィリスからどう扱われたのかを知ることはできない。しかし、フィリスが私の子供たちをどう扱ったか見ることで、ラインハルトをどう扱ったかを少し想像することはできる。

 

 とはいえ、当時私は、子供たちとフィリスの間の関係というより、フィリスと私の間の関係の問題に心を奪われがちだったから、細かいディテールはあまり覚えていない。

 

 そもそも、私の親友が、日本から双子誕生に合わせて来てくれることになっていて、私の手伝いをしてくれることになっていた。ところが、彼女の当時付き合い始めていた相手が病気で倒れ、突然来られなくなった。それで私は、自分の母に急遽応援を頼んだのだが、母は見知らぬ国で、逆に足手まといになるからと、ずいぶん悩んだ末に断ってきた。親友に泊まってもらうつもりで借りていた近所の短期貸しのステュディオに、結局フィリスが泊まって私たちを手伝うことになった。

 今思えば(何度も出てくる、この「今思えば」!)、こういう時にちゃんと断れるべきであり、ちゃんと話し合うべきだったのだ。でも、人間はその時々にできることしかできないし、あの時はそれが精いっぱいだったんだから、とあきらめて前を見なくてはならない。ただ、今だったら分かるのだ。こういうのが、問題だったのだと。

 

 フィリスは日中いて、夕方からは私のもう一人の親友にバトンタッチして、彼女が夕飯を作ってくれていた。

 

 私は、まだ病院で診察があったり、キネに行ったりと外に出ることもあったから、フィリスがその間、子供たちを見ていてくれた。くれた、と言っても、私は感謝はしていない。本当は、ラインハルトだっていたのだし、ソーシャルワーカーの援助もあったのだ。それでも私は、フィリスの助けは必要ないと言えなかった。(これからは、言える人間になろう。)当時、双子育児はものすごく大変だから、差し出される手はなんでも利用しろ、と、双子育児のアソシエーションから言われ、調べるとどこででも、雑誌やテレビでも同じことが言われていた。一人で何とかしようとするのは、ばかげたことであり、結局は子供にも良くない、と。だから、フィリスを断ることは、私のわがままであるように思えもした。でも、私の直感ははっきりと、ノーと言っていた。直感の出どころは、嫁姑のありがちなライバル意識なのか、フィリスの少し奇妙な点にあったのか、自分でも判然としなかったが、たぶん判然とする必要なんて、なかったのだと思う。私が嫌だと感じたら、嫌でよかったのだ。フィリスが普通の人ではないことを、テレビの人は知らないのだから。

 

 フィリスは、私の不在中に私がしてほしくないことをした。

 例えば、私は自分の子をできるだけ母乳で育てようとしていた。そして、赤ちゃんが欲しがったら母乳をあげ、欲しがらなければ、時間になったからと言って与えようとしないようにしていた。双子のリズムはそろわなかったから、そうするととても大変だった。でも、私は双子だからと言って、単胎児が受けることのできる扱いを受けられないというのは嫌だった。私は自分の子供たちに、できる限りの一番いい対応をしたかった。私は育児書を読み、自分が一番納得のいった、求められてから母乳をあげる、を実行すると決意していた。

 赤ちゃんはあまりたくさんのことをしない。寝ることと、飲むことと、排便排尿することくらいだ。そんな数少ない自己表現を、ちゃんと一人一人の欲求にこたえて育てたかった。私はラインハルトにもそう言っていた。

 たぶんラインハルトは、そんなことはどっちでもよかったのだと思う。私に反対もしなかった。ただ、フィリスが時間になったからと言って、機械的にミルクを与えても、それに反対もしなかったし、リンが嫌がるよ、とも言ってくれなかった。ラインハルトは、私の前では私の言うとおり、フィリスの前ではフィリスの言う通りで、波風を立てないでいることを選んでいた。

 

 私は、せっかく子供たち一人一人のリズムを尊重してやっているのに、帰ってみたら、寝ていた子を起こして無理やりミルクを飲ませているシーンにぶつかったりすると、とても腹が立った。ラインハルトに、欲しがったの?と聞くと、そうでもないけど、時間だから、ということがよくあった。そして、キャスは欲しくもないミルクは、全部一回口の中に吸い込んで味わったら、またそのまま口から吐き出すようになった。吸っては吐き出すを繰り返して、よだれかけをべしょべしょにした。それが、キャスの遊びみたいになっていった。

 それはそれでいいのだけど、キャスがそういう飲み方をすると、フィリスはいらいらして、「なんでこんな飲み方をするのかしら、この子は!こんなの見たことないわ。」と言った。そして舌打ちをしながら、何度も抱きなおして、角度を変えたり、向きを変えたり、ミルクの濃度や温度を調べたりしたけど、キャスは相変わらずミルクを吸っては吐くを繰り返した。

 フィリスは、しまいにはのどや舌の奇形ではないかと言ったりもしたが、私はあれは、キャスが自分で飲みたくないから、ただ吐き出していただけだと思う。意志の強いキャスが飲まないと決めたら、絶対に飲まないのだから、フィリスがどんなに持ち方を変えたって無理だった。

 

 それを証拠に、9月になってフィリスが住んでいたステュディオの期限が切れて帰っていき、うちには時々しか来なくなり、私がまた、欲しがった時だけ授乳するという方法を徹底したら、ぷくぷく丸々していたキャスは少し細くなって、一日に2回の授乳で元気にしていること時期がしばらく続き、ミルクを吐き出すのをやめた。

 ミルクを飲むか飲まないかは赤ちゃんの自由だし、赤ちゃんの意志だ。意志以上に、赤ちゃんの必要不可欠な欲求だ。それを、フィリスは有無を言わさず、決まった時間に決まった量、きっちりと飲ませなくてはならないと押し付けた。決まった量飲まないと、いつまでも口に哺乳瓶を押し込んで飲ませようとする。もちろん、親が疲れているときは、授乳頻度を落としたいから、なんとかたくさん飲んでくれ~とは思うけど、でもやっぱり、子供の欲求が最優先なはずだ。なんとか双子のリズムが合ってくれ、なんとか眠ってしまわずに、おなか一杯になるまで飲んでくれ、とは思うけど、そうなったらうれしい、というだけで、それを強いるのは私はどうしてもいやだった。

 オリオルは小さくて体力がなかったから、ミルクを飲み終わる前に疲れ切って、すぐに眠りこけてしまった。眠ると、かわいい目を閉じて、大仏さまみたいな安らかな顔をして眠る。フィリスは何度も起こそうと躍起になったが、オリオルは熟睡してミルクどころではないことが多かった。

 

 きっとこの調子で、自分の子供たちも育てたに違いない。あまり繊細な人ではないから、赤ちゃんの訴える微妙な欲求など、もともと汲み取れないほうではあるだろうが、私が気になったのは、それよりもその支配的な態度だった。自分が思うとおりにならなければならない。だから、私が弱々しく自分のやり方を主張しようとすると、たいてい、「あなたは知らないんです。私は3人の子供を育て上げ、しかもベビーシッターもしてきたんですからね。これが一番いいんです。」と決めつけてかかった。

 

 子供が泣き止まないときも、自分にやらせろと言ったりした。子供が何かを訴えて泣いているとき、私は原因を探ろうとする。どうして泣いているのか、抱かれて安心したいのか、どこか具合が悪いのか、まぶしいとか寒いとか何か不快なことがあるのか。でもフィリスは、いきなり機嫌を取った。いないいないばあをしたり、くすぐって笑わせたり。そして、ぐずっていてもいなくても、よく、「見ててごらん」と言って、赤ちゃんの一人を膝に取って、自分の肘から先にしっかり抱え込み、自分の真正面に置いて、「太もも太もも太もも~!」と言って、赤ちゃんの太ももをキュッキュッキュッとつまんだ。赤ちゃんは、いきなりのことにヒステリックに笑う。フィリスは嬉しそうに、ほらね、私の手腕を見た?という顔をする。ほかの子供たちがいると、それを見て「かわいい」と喜んだりする。確かにかわいいんだけど、なんか変なんだよなぁと私はずっと思っていた。

 それでは、赤ちゃんは自分がしたかったこと、言いたかったこと、見たかったことが分からなくなってしまうじゃないか。赤ちゃんは赤ちゃんで、何かに集中して感じ取ろうとしていたりする瞬間だったりするのに、それが全く無視されて、どかどかどかと土足で邪魔をされるみたいに感じた。しかも、いつもそれが型にはまった同じことの繰り返しだったように思う。赤ちゃんとの交流は、一瞬一瞬、違うもの、新しい発見に満ちたものであるはずなのに。

 

 その違和感は、当時はそれほど考える暇もなかったけど、今思えば(ほらまた!)、やはりPNについて書かれた本の言うように、子供のことを「おもちゃ」だと思っているのだと思う。確かに、足を押すと音の出るぬいぐるみみたいな感じだ。

 それはラインハルトにも共通している。オリオルはものすごく小さかったから、大きなラインハルトの手のひらに乗るように見えた。ラインハルトの手に載せられた、眠りこけるオリオルの写真がある。あの姿勢で寝付くまでラインハルトがじっとしていたわけではないから、眠っていたいたオリオルを、ラインハルトが自分の手に載せたのだ。猫に対してでさえ、私はそんなことはしない。

 ほかにも、眠り込んでいるオリオルを、布おむつの布を二つ折りにしたものの中に入れて、吊り下げているラインハルトが自撮りした写真が残っている。それを見ると、キャスがいつも怒る。「なんでこんなことするの。面白いと思ってるの」と。でもたぶん、パパ本人にそんなことを言ったことはないと思う。

 

 そういえば、ラインハルトはいつもやけにはしゃいで子供たちをおもちゃにしていた。まだ3か月くらいの時、友達が送ってきた日本のキャラクターの描かれた派手なよだれかけを二人にかけて、一つのソファーに二人とも座らせて写真をたくさん撮ったことがある。まだお座りができない二人は、ソファーのひじ掛けと背もたれになんとか寄りかかって体を支えているものの、お互いに寄りかかりあって潰されそうになりながら、一生懸命もぞもぞする。その時、何度も体勢を直させながら、何十枚も彼は写真を撮った。派手な異国のよだれかけと、小さな生き物が無理無理座らされている様子が、彼にとってはとても面白かったらしかった。

 私はなめ猫を思い出した。かわいいかもしれないけど、微妙なところだ。

 今、この時の写真を見ると、やっぱり子供たちはやや苦しそうに見える。だいたい、モノじゃないんだから!と言いたくなる。

 

 その後も、よくラインハルトは子供を仮装させて写真を撮った。数か月の時、自分の応援するサッカーチームのユニフォームを着せて写真を撮り、それをチームの雑誌に送ったので、雑誌に載ったことがある。確かにヨーロッパのチームのファン雑誌に、日本人双子のユニフォーム姿は珍しかったのだろう。でもそれってやっぱり見世物的だと思う。物心ついてからは、二人ともサッカーのユニフォームはパパからずいぶん贈られたけど、自分から着ることは全然ない。今でも、その時の写真を見ると、子供たちは「無理やりだ!」と怒る。

 そのほかにも、日本の泥棒の恰好で撮った写真とか、いろいろある。私は嫌だなあと思いつつも、はっきりと嫌だと意思表示したかどうか、あまり記憶にない。