衣谷の日記

フランス在住働くシングルマザー

「ぼく、すごいでしょ。」

 市立コンセルヴァトワールの前で、私の前を、二歳半くらいの小さな男のが歩いていた。太陽にきらきらする巻き毛の金髪を風になびかせて、むっちりした足を半ズボンから覗かせて、こちらを振り向きながら歩いている様子がとてもかわいい。

 

 その子のお母さんは、片手でその子が乗るべきベビーカーを押して、遅れがちなその男の子の先を、内心急いで欲しそうにゆっくりめに歩いている。片手で、まっすぐにベビーカーを押すのは難しいが、どうして彼女がそんなおかしな体勢でいるかというと、もう一方の手は、その小さな男の子の右手をしっかりと引っ張っているからだ。

 そのゆっくりめの歩き方に、私はお母さんの「しょうがないなあ」と思いつつも、小さなわが子を思いやる気持ちが見えて、いいなと思う。フランスでは、子どもの歩みに合わせてゆっくり歩くということをしない親がとても多いように思うから。

 

 その子は、お母さんの「しょうがないなあ、ちょっとは急いでくれないかなあ」という気持ちを完全に無視している。なぜなら、その子は、お母さんの空っぽの買い物キャディを持たせてもらい、それを一人で引っ張っているという栄誉を与えられていたからだ。

 お母さんにつながれていないほうの左手でキャディを引いていて、キャディのほうを見ながら歩くから、左斜め後ろを歩く私のほうに顔を向けている。キャディの持ち手が彼の身長に合わせて低く地面に近くなっていて、キャディはほとんど倒れたようになって進んでいく。そういうことを自然にやらせるあたり、もしかすると金髪のこの女性は、フランス人ではないかもしれない。

 

 その子の歩みが遅いのは、キャディに夢中になっているせいだけではなかった。

 その子は、キャディを振り返っているうちに、彼らを抜かそうとしている私に気づいた。私は、マルシェでいろいろ欲張って買った野菜や果物を抱えて、亀のようにのろのろ歩いていたのだけど、それでも、その男の子とお母さんを抜かせるほど、彼らはゆっくり歩いていた。

 その子は、私を見て笑顔になった。私は一瞬、ただの無邪気な笑顔だと思って、笑い返した。でもすぐに気づいた。これは、「見て、おばさん!ぼく、すごいでしょ。」の大威張りの笑顔だった。

 私は、彼のその気持ちを理解したことを示すために、右手の親指を立てて、GOOD!のサインをして見せた。その子は、私が最初に返した笑顔には反応しなかったけど、その親指には大喜びした。「あー!!」と声を上げて小躍りした。

 私たちの様子を見ていなかったお母さんが驚いて、「どうしたの?」と息子に声をかけるのが聞こえたけど、私はそのまますっと二人を抜かして通り過ぎた。

 

 心の交流の一瞬。ギブ・アンド・ギブの一瞬。

 その子が期待していたのは、キャディを引かせてもらう楽しみだけじゃなくて、それを誰かが見て気づいてくれることだっただろうなと思う。私は自分が小さかったころに、いつだってそう思っていたことを思い出した。